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父の命日に

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伝わってくることを感じること。
すべてのことに意味があると思えば
悪いことも良いことへと
とらえることが出来ると思った日でした。

コロナがこんなにも長引くと思わずに
昨年、父の七回忌を一年延期しました。

今年になっても終息せず外国に住む弟夫婦は帰ってくることが出来ませんでした。
法事は、みんなが集える時にと改めて日を設けることになりました。
命日の今日は
おっさまがみえる時に実家に行きました。

たまたま帰省した息子。
お参りした後、先輩と一緒に山へツーリングに行くと
今朝がた聞いてビックリ!
昨夜にバイクショップで借りたのだそう。

お参りの後におっさまとお話をする時間がしばらくありました。

長時間の正座。

足の感覚が無いほどでしたがなんとか立てて、お見送りのために玄関へ。
いつもは見送る息子が外に出てこないから
あれ?!絶対おかしい・・・。

戻ってみると廊下でひっくり返っています。
おっさまを追って玄関に出ようとして感覚が無い足が
バレリーナのようなトウで歩くような形になって足首をひねったのでした。

先輩との約束だから、と足を引きずって出かけたものの
痛みもあってバイクはソロソロとした走りでした。

命日の日に・・・安全な家の中で捻挫するなんて・・・。

そんな風に思ったけれどいや、待てよ。

足をつくのも痛そうに出て行って、本当ならバイクでスピードを出して
山道を下っていたのを

父が止めたのでは・・・。

お経の時に、ろうそくの火が チリっ チリっと音を立てるのが珍しいな、と思ったけれど
「なにかを伝えたいのかなぁ~」と普段思わない
そんなことまで感じさせてくれていたとこで・・

捻挫したことは良くないことだったけれど
その事に意味があるとしたらきっと息子を守るためだ。

命が守られたのだとその出来事に感謝をしたのでした。

どんなことにも意味がある?!

ようやくそれがわかってきたこのごろです。

弟夫婦が時々送ってくる景色。

父と一緒にいた昔を思い出してじわ~と熱い気持ちがこみ上がってきます。

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