ブーゲンビリアの思い出

思い出ばなし。

『野暮クチャの弥~さん』
と呼ばれていた父がどこからか

Malaysiaが良い国になるらしい
と聞き付けて
「会社を興す」と思い付き?

全く英語が
喋れないものだから、

学校英語しか習っていない娘でも
役に立つだろう、と言うことで

幼稚園の仕事を
辞めることになり

父の側で仕事を
手伝う時期がありました。

誰も知らない国で
父と二人。

ケータイ電話も
インターネットも
無い時代。

あの頃は日系デパートの
ヤオハンがあって

通訳が探せれたら、と
日本製のある家電売場で

日本語が話せそうな顔をしている
若い中国人に声を掛けたり。

日本製、というだけで
日本を感じてそこにいく・・・

それほど心細く
頼りない世界。

「陶器を作る良い土がある」と
聞きつけては

その場所が
ジャングルだったり、

どの辺りに工場を建てようか
、とタクシーで走ったり

飛行機で別の街まで
行ったこともあったな。

現地一匹狼の日本人こそ
一番怖い相手で、

薄暗いビルの細い階段の先の
事務所では

〈騙されないように〉
証拠を残すために
大きなホームビデオを回したり

ピートマーウイックという場所で
会社の登記が出来るらしいと聞いて
あの時は行くのに何度も道を間違えたり

電話番号を取得する時には、
小さな小屋みたいな場所で、

どの番号を
いくつ取ろうかと悩んだり。

とにかく色んな初めての
怖いことばかりある日々でした。

そんな風でしたが

朝日が昇る頃
近くのお寺さんに

父と二人、お参りに行くのを
日課にしていました。

行く道には所々
バナナの木があって

「バナナのなる国は食べ物が
豊富だから戦争は起きないんだ」

・・・なんて
って言っていたな。

山のてっぺんのお寺さん。
曲がった急坂を上がった先にあった
ブーゲンビリア。

何て綺麗なんだろう・・・と
いつもそのピンク色に会えるのが
楽しみでした。

ブーゲンビリアを見ると
お参りをする父の背中を思い出して
切なくなります。

たくさんの事を教わりました🌸

とさ。